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時局から主張が変化した政策

小泉改革(支持→批判) [編集]

(転向前)2001年6月の小泉純一郎内閣総理大臣(当時)との党首討論の場において、「私は民主党代表だが、首相が構造改革を断行する気持ちで努力することを評価したい」と発言し、さらに、「ヤジを飛ばしている方々は首相の改革路線の足を引っ張っている抵抗勢力なんですよ。私たちは背中を押して差し上げようとしている改革勢力。志半ばで倒れたら民主党があなたの骨を拾ってあげます!」とも述べた[83]。

(転向後)2009年5月15日、民主党代表選挙の前日に、鳩山は対立候補の岡田克也に対し、「岡田さんが代表のとき、郵政民営化の戦い(2005年の郵政選挙)で民主党は敗れ去ったが、結果として地域が崩壊の憂き目にあっている。新自由主義の総括をお願いしたい」と小泉構造改革の総括を求めた。

官房機密費(廃止→存続) [編集]

(転向前)2001年2月5日、衆議院本会議での代表質問「55年体制の政治的遺物で、官邸が持つ必要性はなくなった」

(転向後)2009年11月19日、記者団に対して「国益に資するために使わせていただく貴重な資金」

赤字国債の発行(反対→賛成) [編集]

(転向前)2009年8月23日、テレビ朝日の報道番組で、「国債は(今年度より)増やさない。増やしたら国家が持たない」と述べ、縮減に努める考えを示し、「われわれとすれば(予算の)使い方をもっと正しい方向に変えていく。暮らしをよくすることで景気を導くという発想に変えることで、借金を増やさないで済む」と強調した。 

(転向後)2009年10月5日、2010年度予算編成に関し、歳入不足を補うため、赤字国債を増発する方針を固めた。

消費税(反対→賛成) [編集]

(転向前)2005年12月、TBSの討論番組に出演した際、消費税の税率に言及し、「7%。年金目的で理解される。それでは足りず10%いく時期もある」と答えた。

(転向前)2007年2月9日、記者会見で、「マニフェストを作成する中で年金と消費税の議論を行うことが大事だ」と消費税増税に言及した。しかし、7月6日安倍晋三首相が前日夜のテレビ番組で、秋以降に消費税率引き上げも含めた抜本的税制改革の検討に入る考えを示したことが報じられると、「選挙が終われば消費税を上げるぞということが見え隠れしている」と批判した[84]。

(転向後)2009年5月、自身が出馬した党代表選挙では、「(消費税率を)上げる必要がないことを試算として出しており、議論をすれば、経済が厳しい時に消費税の議論をするのかという話になる」と消費税率の議論を封印した。

自衛隊の海外派遣(賛成→反対) [編集]

(転向前)2000年12月7日、民主党護憲派の「21世紀の民主党を考える会」の会合に講師として招かれ、「平和執行型の国連平和維持活動(PKO)にも日本は参加しなければならない。そのとき、憲法が障害になるなら変えればいい」と述べた[85] 。

(転向前)2008年10月17日、アフリカ・ソマリア沖の海賊対策としての自衛隊の派遣について、衆院テロ防止特別委員会において民主党の長島昭久議員が、「海上保安
庁の巡視艇がソマリア沖の海賊対策に当たるのは困難」という趣旨の政府答弁を引き出したうえで、「自衛隊艦艇のエスコート(護衛)は海賊対策にかなり効果がある」と提案した[86][87]ことを受けて、翌18日の会見で、「政権交代の暁に、積極的、前向きに検討する」と明言した[88]。

(転向後)2009年1月23日、アフリカ・ソマリア沖の海賊対策として、海上自衛隊護衛艦を派遣するという政府方針に対して、「なぜ海上保安庁じゃだめなのか、なぜ自衛隊なのかというところが、判然としていない」、「3党が協力して麻生政権を追い込むため、海賊対策でもできる限り一致するように努力したい」と発言した[89]。

北朝鮮への先制攻撃(賛成→絶対反対) [編集]

(転向前)1999年2月26日、千葉市内での講演で、「あと数分とか数秒で日本を攻撃するミサイルが発射されるという状況が自明のとき、撃たれるままで手をこまねいていなければならないかというと、必ずしも憲法ではそうではない。自衛のために行動することは禁止されていないと理解している」と憲法上では先制攻撃が許される場合もありうるとの見方を示している[90]。

(転向後)2009年5月27日、新聞記者との会見で、「相手の基地の先行的な、こちらでたたきのめしていいなんていう議論も、まさに(核武装議論と)同じように、私は慎むべき議論だと、そのように考えております」との見解を示した[91]。

核武装議論(容認→絶対反対) [編集]

(転向前)1999年10月27日、東京都内で行われた講演で、先に核武装をめぐる発言で辞任した西村眞悟元防衛政務次官の問題に絡んで、「核武装してもいいかどうかを国会で検討したらどうかと言った瞬間にクビを切られるとなると、国会で核をもつべきかどうかなんて議論がなされなくなる。議題に乗せることすらしてはいけないという発想もいかがなものか」と発言した。

(転向後)2006年、核保有の議論の容認発言を行った麻生外相に対して、「議論すること自体が(国際社会に)間違ったメッセージを与える。日本の外相がこういう発言をしたことに心から怒りを持つ」と発言し、安倍首相に麻生の外相罷免を要求した。

(転向後)2006年10月17日自民党政務調査会長だった中川昭一が非核三原則を見直すかどうか議論する必要があるとの発言を行ったことに対しても、「自民党の中川政務調査会長の非核3原則をめぐる発言はどうしても看過できない。北朝鮮が核を持つなら日本も持ってやり返すんだというような発想は断じてあるまじきことだ。議論も封印しなければならない」と発言した。

(転向後)2004年9月15日、アパグループ代表の元谷外志雄邸での「日本を語るワインの会」に夫人を連れて参加。同席した田母神俊雄、大島信三と元谷夫妻の6人で核武装に関する議論などを行っていた[92][93]。鳩山と同席者たちは邸宅内外で記念写真を撮影している[92]。鳩山はこの件に関して事実関係を認めつつも、「失礼ながら余りにも私の思想とかけ離れた話をされていたので、途中でご無礼いたしたことを思い出します」と自身の2008年11月5日付けのメールマガジンで述べている[94]。また、「田母神航空幕僚長が、かつて日本が犯してしまった侵略行為と植民地支配を正当化する論文を発表して、更迭されたのは当然として、定年退職にしてしまったことは許せません。退職金は6千万円とも言われています。懲戒処分を受けるべき者が、6千万円貰って退職するとは言語道断です。このような処理をした政府の責任を厳しく追及せねばなりません」と田母神を批判している[94]。田母神は鳩山の批判に対して、「ウソを言うのもたいがいにしてもらいたい。鳩山はあの日、最後まで会合に出席して楽しんでいた。彼は私や元谷代表らと一緒に、仲良く記念撮影までしている。自分がつらい立場になれば、平気で人を裏切る。そういう人間は、今後も何かあったときに必ず人を裏切ることでしょう。鳩山由紀夫は、まったく信用ならない人物です」と述べている[95]。

北方領土問題(四島一括返還にこだわらない→四島一括返還は譲れない) [編集]
祖父・鳩山一郎が首相のときの日ソ共同宣言から積み残した問題であるゆえ、弟の鳩山邦夫と共に熱心に取り組んでいる。一部からは、発言をした時期によって矛盾がみられ、鳩山の立場は明らかではないともみられている[96]。

(転向前)2007年2月28日、父・鳩山威一郎の銅像除幕式で、「我々孫たちが真剣に北方領土問題の解決に向け、もう一度踏ん張らないといけない。四島一括返還では1000年たっても還らない」と語った。この発言を北方領土を一部割譲する形での問題解決に向けた意欲とみる向きもある。ただし、この発言は4島返還の前提の下の一部先行返還論の可能性もあり、その真意は不明である[97]。

(転向後)2009年2月18日、麻生太郎首相とロシアのメドベージェフ大統領との首脳会談において、「新たな、独創的で型にはまらないアプローチで解決を目指す」ことが言及されると、具体的な内容が提示されていないにもかかわらず、鳩山は、「四島の主権は日本にあるというのは決して譲ってはならない一線だ」、「四島の帰属は日本にあるという前提が抜けてしまうようでは大変危ない」と発言した[98]。

政権交代後の官僚人事(主導権を握ることを宣言→撤回) [編集]

(転向前)2009年2月9日に行われた鳩山の講演で、政権交代が行われたときの官僚の人事について、「(各省庁の)局長クラス以上には辞表を提出していただき、民主党が考えている政策を遂行してくれるかどうかを確かめたい」と述べた[99]。

(転向後)2009年6月30日、党本部で記者団の質問に答え、「法的には難しい話だ。辞表という形に必ずしもならない」と以前の発言を訂正した[100]。

政治とカネの問題(秘書の罪は議員の責任→秘書の罪は議員と無関係) [編集]

(転向前)「言うまでもなく、秘書の罪は国会議員の罪である」(平成14年3月14日の『夕刊フジ』にて加藤紘一の秘書による脱税容疑について)

(転向前)「自分に降りかかった火の粉は自分で進んで払うべきである」(同年4月11日の『夕刊フジ』にて小泉純一郎のファミリー企業の口利き疑惑について)

(転向前)「私は以前から鈴木議員に辞職を求めてきたが、議員の分身といわれている会計責任者の逮捕は、議員本人の責任であり、改めて強く求める」(同年5月2日の『夕刊フジ』にて鈴木宗男の秘書逮捕について)

(転向前)「私は政治家と秘書は同罪と考えます。政治家は金銭に絡む疑惑事件が発生すると、しばしば『あれは秘書のやったこと』とうそぶいて自らの責任を逃れようとしますが、とんでもないことです。秘書が犯した罪は政治家が罰を受けるべきなのです」(平成15年7月23日の「鳩山由紀夫メールマガジン」にて土井たか子の秘書による秘書給与流用事件について)

(転向後)「全て秘書が独断でやったこと。献金があまりに少なかったので、それが分かったら大変だったという思いがあったと推測している」(鳩山由紀夫の政策秘書たち3人が政治資金規正法違反(虚偽記載など)で告発されたことについて、平成21年6月30日の記者会見)

(転向後) 民主党の後藤英友の出納責任者が公職選挙法違反で逮捕された件については沈黙を守っている。

チベット問題(チベット支援→中国支持) [編集]

(転向前)2007年11月23日、民主党の幹事長だった鳩山由紀夫はダライ・ラマ14世と会談し、14世が中国に求めている「高度な自治」を支持する考えを表明し、「力強くサポートさせていただく」と約束した。

(転向後)2009年9月23日、内閣総理大臣に就任した鳩山は中国の胡錦濤国家主席と会談し、チベット問題は「中国の内政の問題と理解している」と述べた。

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- 鳩山由紀夫 - Wikipedia